はじめに・・・
このページを検索してご覧になっている方は、移乗介助の方法について知りたいという方だと思います。
しかし、このページはあくまで「ケーライブで行っている研修の一部を広く知ってもらう」という趣旨で公開しています。
よって(特に)車椅子への移乗介助の方法の最適解ではありませんし、もちろん全てでもありません。数ある移乗介助の方法の中のほんの一部の内容です。
また昨今の移乗介助の研修の中には、過去からある方法を否定するものが多くありますが、方法そのものが良い、悪いではなくて「なぜその方法で行うのか」が重要です。
よってアセスメントの伴わない技術(のみの研修)は、全く意味のないものと言っても過言ではありません。
そのため、このブログ内の「介護過程」の研修資料を事前に目を通してから、この「移乗・移動」の研修資料をご覧いただく事を切に願います。
その上で、ご質問や不明な点、もっと詳しく知りたいなどのご要望につきましてはメールなどでお答えしていきたいと思います。
※文中の赤字の部分は、講師用の解答です。配布資料では空欄になっています。
研修目的(なぜこのテーマで研修を行うのか)
介護の現場、特に高齢者の介助においてベッドからの移乗、移動の介助を行う場面は非常に多いです。しかし同時に、介護職の負のイメージとして一般にも認識されている「腰痛」は、特にこの場面において発生することが多いのも事実です。そのため「腰痛を防止する。そのために知っておくべき人間の身体の仕組みと動きをしっかりと理解し、日々の介助に実践できるようにする」事が必要です。
目標(本日の研修で達成する事)
- ヒトが立ち上がる時の仕組みについて理解する。
- 杖歩行の仕組みと介助方法について理解する。
- ボディメカニクスについて理解する。
- 車椅子~ベッド間の移乗方法について理解する。
- 上記1〜4を日々の介助で実践できるようにする。
ヒトが立ち上がる仕組み~立位~
まず、ヒトが立ち上がる時には、どのような動作をしているのでしょうか?
- 足を前に投げ出して立ってみましょう
- 真上に向かって立ち上がってみましょう
上の1、2のような体勢で立ち上がることが出来ましたか?仮にできたとしても、決して楽な立ち上がりではなかったはずです。なぜでしょう・・・?
『 両足の間(支持基底面積の間) 』に身体(重心)が位置するような状態にならなければ立てない
『 お尻 』が持ち上がらなければ立てない(=真上に立ち上がる様な立ち方では膝の力だけで上半身を持ち上げる事になる。そのため深くかがむ動作が必要)
更に高齢者の場合は、浅く座る事も重要です。『 足を引くスペースを確保する。椅子に膝裏が当たらないようにする為です。 』
よって安全・安楽に立位をするためには『浅く座る・足を引く・お辞儀をするように深く屈む』という動作が必要になります。
ですから、よくやってしまいがちな介助ですが、椅子に座っている要介護者の両手を持ち上げるようにして立たせる介助は、安全面からも身体機能の維持の面からみてもあまり望ましいものではないと言えます。
杖歩行の仕組みと介助方法
ここでは特に片麻痺の方の一本杖での歩行について考えてみます。
- 右片麻痺の方の杖歩行の順番は?
『 杖 → 右(患側) → 左(健側) 』 だから杖の『 手前 』のゴムが片減りします。
- その時、介助者はどこに位置したら良いのでしょう?
(子どもが転ぶとき、高齢者が転ぶとき、それぞれどんなパターンが多いですか?)
よって、介助者は『 患 側の 斜め後ろ 』に立つのが望ましいと言えます。
- 階段があります。降りる時はどのような順番が良いでしょう?
『 杖 → 患側 → 健側 』
- 昇るときはどのような順番が良いでしょう?
『 杖 → 健側 → 患側 』
(注・杖歩行の順番とその理由については、ケーライブの研修では説明しています。またこの項で杖歩行の説明をしているのは、この後の車椅子移乗の方法の説明に非常に重要な為です)
ボディメカニクス(body=身体 Mechanics=力学)
介護の世界で用いられるボディメカニクスという言葉は「人間の運動機能である骨・関節・筋肉等の相互関係の総称、あるいは力学的相互関係を活用した技術のこと」という意味で使われています。簡単に言うと、ヒトを動かす(移動させる)時のポイントや技術と言えます。そのポイントは以下のものがあります。
支持基底面積を広くとる
支持基底面積(しじきていめんせき)とは、その字の通り「支持する基となる底面積」です。
支持するとは何を?→要介護者、自分自身の身体を。
その基となる底面積=(イコール)自分の両足の間の面積、という事になります。
足を開いて立つと、この面積が大きくなります。
逆に、足を閉じて直立すると、この面積は小さくなります。
この支持基底面積の解説で「身体の重心を低くすることで、介護者の身体はより安定する」や「できるだけ足を開いて立つ、膝を曲げることで自分の腰を落とした姿勢を取り、より安定する」等と書かれているテキストなどがありますが、そのような姿勢を常にとるという事ではありませんので注意してください。
要するに、自分の身体を横から押されたりする力に対して安定させることが目的ではありませんから、膝を曲げることや自分の腰を落とす事そのものが目的ではないという事です。
では、なぜそのような解説が書かれているテキストなどがあるのか?
重心を近づける
以下の画像を見てください。
このような椅子の持ち方をする人はいませんよね?
これでは腕の力だけで物を持ち上げていることになるので、重い物は持てませんし、腰を痛めます。
皆さんこのように、持ちたい対象物に近づいて持ち上げますよね?
私たちが物を持つときは、その物に近づいて(重心を近づけて)持っています。先ほど「支持基底面積を広くとる」の項目で膝を曲げることや自分の腰を落とす事そのものが目的ではないと述べました。
要するに「重心を近づける事が重要。その結果、膝を曲げた状態になっている、腰を落とした姿勢になっている」という事なのです。
足先を動作の方向に向ける
これも画像を見ていただきます。
このように、身体を捻った状態で物を持つのは力が入りませんし、大変な負担ですよね。
当然、対象物の正面に立って持ち上げるほうが、負担が少なくて済みます。
(特に訪問介護の現場ではこのような体勢を取りにくい場合があります。要介護者の自宅が介助の場であるため、施設等に比べて十分なスペースが確保できないからです。多くの方は、6~8帖の自室の中にベッドや車いす、タンスやテレビ等があります。適切な姿勢が確保できない場合は、本人や家族へ説明して理解を得て、ベッド等の物品を移動させてもらい、適切な介助が出来る様努力しましょう)。
対象を小さくまとめる
例えば布団を持ち運ぶ時に、広げたままよりは小さく畳んだほうが持ちやすいはずです。特に人間の身体は頭、胴体、両手足と色々な方向に重心が分散しています。それをコンパクトにまとめる事で、移動し易くなります。一番私たちがわかり易い例として、ベッド上の要介護者の移動があります。両腕を胸の前で組んでもらい、両膝を立ててもらう、こうする事で重心がまとまりますし、ベッドとの摩擦による抵抗も少なくなるので負担が少なく移動させる事ができます。小さくまとめるという事は、別の表現をすると支持基底面積が狭くなる、要するに不安定な状態=動かしやすくとなるという事です。
大きな筋群を使う
少し難しい表現かもしれませんが、逆に言うと「小さい筋群(指先など)は使わない」という事です。ありがちな例として、車いすのフットレストに患側の足を挙げる際に、指で持ち上げないという事です。
上の画像の様に指先=小さな筋群を使うと、そこに力が集中します。掴まれたほうは痛いという事になりますし、介助者もより大きな力が必要になります。また高齢者によくある紫斑の原因にもなります。
このように、手のひら等で支えてあげる事で、大きな筋群を使えるという事になります。
他にもいくつかありますが、まずは簡単なこの5つをしっかりと理解し、活用しましょう。
車椅子~ベッド間の移乗方法
では、これまで学んできた事を生かして、次に車椅子~ベッド間の移乗方法について学びましょう。
要介護者像・左片麻痺。支えがなければ立位保持できない。端坐位が保持できない。認知症なし。現在の自宅での暮らしを続けていきたいと思っている。
・起居
まずはボディメカニクスの項で学んだ技術を生かして、側臥位になってもらいます。
可能ならば手を胸の前に持ってきてもらい、膝を立てます(=支持基底面積を小さくする事で、不安定=動かしやすくなります)
側臥位になってもらいます。
・端坐位
次に「トルクの原理(力を入れる場所が回転軸から離れているほど少ない力で回転させる事ができる)」を活用して、端坐位へ移行します。この場合の回転軸は当然、お尻ですね。では力を入れる場所は?
頭と足が一番離れていますが、頭部には首という関節があります。関節は自由に動きますから、力が逃げます。ですから力が逃げない場所、首の付け根付近を支えます。
トルクの原理を利用しています。
そして下半身ですが、しっかりと両足をベッド上におろすことが出来て、力が逃げないところという事で、両膝を一緒に抱え、膝の横を手で支えます。
ベッドをギャッジアップして端坐位へ移行する方法は摩擦が大きく、より力が必要になるので、あまりにも体格差があって手が届かない場合など、限られた場合にのみ行うほうが良い。
また足のみ先にベッド下におろすのは、要介護者の身体が捻られる事になり痛みを発しますし、頭部側にしかトルクがかからないため、起こすためにより大きな力が必要になります(あくまで今回のケースの要介護者像の場合です)。
・移乗
今回の要介護者像は「支えが無ければ立位保持できない」のですが、逆に言えば支えてあげれば立位保持できるので、本人の残存機能の維持などの観点から介助バーを利用します。
介助バーを使用することで、腕の力も利用して立ち上がることが出来ます。
その時、介助者は右足を前にだし、左足は後方にひきます。
『 患側保護のため 』と『 支持基底面積を広くとるため 』です。
また重心は前足である右足にかけます。そうする重心が近く=要介護者と密接した状態になります。
その方のADLの状況によっては、ベッドを更に高くすることも有効です。そうする事で、楽にお尻を持ちあげる事ができます(どの方法を選択するかはアセスメント次第という事になります。安楽なのはベッドの高さを上げる方法ですが、身体機能の維持向上という観点からは相応しくない場合もあるでしょう)。
また立位に移行する前に、要介護者の足の位置を確認しましょう。
今回の事例のように、あまりADLの高くない状態の方であれば、予め左足よりも右足を少し前になるようにしておくべきです。
そうする事で、車いすへ座る際に足が交差するのを防ぐことが出来ます。
完全に立ち上がったら、体調確認をして次に車椅子のアームレストに掴まってもらう事をしっかりと
伝えましょう。この時、介助者の重心は左足(後ろ足)にかかっているはずです。
アームレストに掴まってもらったら、健側を軸に回転してもらいます。動けないようであれば、軽く誘導します。
まとめ
介護にはいろいろな場面で原理・原則が存在します。
今回学んだ片麻痺の方の車椅子移乗であれば「車椅子は健側につける」のが原理原則です。
しかし、ただ公式でこの方法を覚えても意味がありません。なぜその方法が原理原則となっているのか、その意味をしっかりと理解する事が大事です。
例えばポータブルトイレを利用する場面では、麻痺側にポータブルトイレを設置した方が、介助がスムーズにいきます。なぜか?(注・ケーライブの研修では説明しています)
原理原則から外れたその他の方法が用いられている時、その理由をしっかりと考える事で、イレギュラーな場面での介護にも対応できる=応用がきくのです。
またこのような移乗・移動の介助の際に、必ずといっていいほど出てくるのが「要介護者の股の間に足をいれていいのか?」、「ズボンを持ってはダメなのか」という話題です。なぜダメなのか?その理由がしっかりと説明あるいは納得できるものでなくてはなりません(注・ケーライブの研修では説明しています)。
私たちが行うのは「生活を支えるためのプロフェッショナルが行う介護」です。考えない移乗介助や歩行介助はただの作業です。どんな場面でもしっかりとした根拠に基づいた介護が出来る様、これからも学びを深めていきましょう。