はじめに・・・
このページを検索してご覧になっている方は、移乗介助の方法について知りたいという方だと思います。
しかし、このページはあくまで「ケーライブで行っている研修の一部を広く知ってもらう」という趣旨で公開しています。
よって(特に)車椅子への移乗介助の方法の最適解ではありませんし、もちろん全てでもありません。数ある移乗介助の方法の中のほんの一部の内容です。
また昨今の移乗介助の研修の中には、過去からある方法を否定するものが多くありますが、方法そのものが良い、悪いではなくて「なぜその方法で行うのか」が重要です。
よってアセスメントの伴わない技術(のみの研修)は、全く意味のないものと言っても過言ではありません。
そのため、このブログ内の「04.介護過程」の研修資料を事前に目を通してから、この「08.移乗・移動」の研修資料をご覧いただく事を切に願います。
その上で、ご質問や不明な点、もっと詳しく知りたいなどのご要望につきましてはメールなどでお答えしていきたいと思います。
※文中の赤字の部分は、講師用の解答です。配布資料では空欄になっています。
研修目的(なぜこのテーマで研修を行うのか)
介護の現場、特に高齢者の介助においてベッドやトイレなどからの移乗、移動の介助を行う場面は非常に多いです。同時に「腰痛」へとつながるのは、こういった介助の場面で発生することが多いのも事実です。
そのため「持ち上げない」、「介護者もお客様も共に楽な介助」という介助方法が良く取り上げられます。
しかし、前回の「介護過程」では、お客様へどのように介助を行っていくのか、そしてその方法は介護にあたる全員が共通認識を持っていなければならないという事と、大前提として「お客様の尊厳の保持と自立支援」に繋がらなければならないという事を学んでいただきました。
今回は、前回学んでもらった理論に実践を交えて、より深く理解していただきたいと思います。
同時に「腰痛を防止する。そのために知っておくべき人間の身体の仕組みと動きをしっかりと理解し、日々の介助に実践できるようにする」事が今回の目的となります。
目標(本日の研修で達成する事)
- ボディメカニクスについて理解する。
- ヒトが立ち上がる時の仕組みについて理解する。
- 杖歩行の仕組みと介助方法について理解する。
- 車椅子~ベッド間の移乗方法について理解する。
- 上記①~④を理解して腰痛の発生を防ぐ。
- 介護過程と技術のつながりについての理解を深める。
1.ボディメカニクス(body=身体 Mechanics=力学)
介護の世界で用いられるボディメカニクスという言葉は「身体の使い方」「身体運動の力学」「人体の動作原理」という意味で使われています。簡単に言うと、ヒトを動かす(移動させる)時のポイントや技術と言えます。
支持基底面積を広くとる
支持基底面積(しじきていめんせき)とは、その字の通り「支持する基となる底面積」です。
立位の場合には、足を開いて立つとこの面積が大きくなります。
逆に、足を閉じて直立すると、この面積は小さくなります。
この支持基底面積の解説で「身体の重心を低くすることで、介護者の身体はより安定する」や「できるだけ足を開いて立つ、膝を曲げることで自分の腰を落とした姿勢を取り、より安定する」等と書かれているテキストなどがありますが、そのような姿勢を常にとるという事ではありませんので注意してください。
要するに、自分の身体を横から押されたりする力に対して安定させることが目的ではありませんから、膝を曲げることや自分の腰を落とす事そのものが目的ではないという事です。
では、なぜそのような解説が書かれているテキストなどがあるのか?
原則1.重心を近づける
以下の画像を見てください。

このような椅子の持ち方をする人はいませんよね?
これでは腕の力だけで物を持ち上げていることになるので、重い物は持てませんし、腰を痛めます。

皆さんこのように、持ちたい対象物に近づいて持ち上げますよね?
私たちが物を持つときは、その物に近づいて(重心を近づけて)持っています。先ほど「支持基底面積を広くとる」の項目で膝を曲げることや自分の腰を落とす事そのものが目的ではないと述べました。
要するに「重心を近づける事が重要。その結果として、膝を曲げた状態になっていたり腰を落とした姿勢になっている」という事なのです。
ですから、より正確に言えば「支持基底面積を広くとる(体勢を作る)×、支持基底面積が広くなっていた(その体勢になった)〇」と言えます。
原則2.足先を動作の方向に向ける
これも画像を見ていただきます。

このように、身体を捻った状態で物を持つのは力が入りませんし、大変な負担ですよね。

当然、対象物の正面に立って持ち上げるほうが、負担が少なくて済みます。
(特に訪問介護の現場ではこのような正面に向く体勢を取りにくい場合があります。要介護者の自宅が介助の場であるため、施設等に比べて十分なスペースが確保できないからです。多くの方は、6~8帖の自室の中にベッドや車いす、タンスやテレビ等があります。適切な姿勢が確保できない場合は、本人や家族へ説明して理解を得て、ベッド等の物品を移動させてもらい、適切な介助が出来る様努力しましょう)。
原則3.小さい筋群(指先など)は使わない
ありがちな例として、車いすのフットレストに患側の足を乗せる介助をする際に、指で持ち上げないという事です。
小さな筋群を使うと、そこに力が集中します。
掴まれたほうは痛みに繋がりますし、介助者もより大きな力が必要になります。
また高齢者によくある紫斑の原因にもなります。

このように、手のひら等で支えてあげる事で、大きな筋群を使えるという事になります。

| 下から大きな面(てのひら)を利用して持ち上げているので、痛くない!介助者も楽ちん |

| 掴んで(握って)います・・・
指先に力が集中する事になるので、痛い! そして、掴む方も(介助者)より大きな力が必要・・・ |
対象を小さくまとめる
例えば布団を持ち運ぶ時に、広げたままよりは小さく畳んだほうが持ちやすいはずです。
特に人間の身体は頭、胴体、両手足と色々な方向に重心が分散しています。
それをコンパクトにまとめる事で、移動し易くなります。
一番私たちがわかり易い例として、ベッド上の要介護者の移動があります。
両腕を胸の前で組んでもらい、両膝を立ててもらう、こうする事で重心がまとまりますし、ベッドとの摩擦による抵抗も少なくなるので負担が少なく移動させる事ができます。
小さくまとめるという事は、別の表現をすると支持基底面積が狭くなる、要するに不安定な状態=動かしやすくとなるという事です。

| 手足を広げているので、支持基底面積が大きい・・・→動かしにくい! |

| 手を胸の上、ひざを立ててもらう事で、支持基底面積がせまくなるので、動かしやすい! |
他にもいくつかありますが、まずは「3つの原則(重心を近づける、足先を動作の方向に向ける、大きな筋群を使う)」をしっかりと理解し、活用しましょう。
2.ヒトが立ち上がる仕組み~立位~
では、さきほどの1.ボディメカニクスで学んだことを基にヒトが立ち上がる時には、どのような動作をしているのか考えましょう。
やってみよう!
A.足を前に投げ出して立ってみましょう
B.真上に向かって立ち上がってみましょう
A、Bのような体勢で立ち上がることが出来ましたか?仮にできたとしても、決して楽な立ち上がりではなかったはずです。なぜでしょう・・・?
①『両足の間(支持基底面積内)』に身体が位置するような状態にする必要があるから
②『 お尻 』が持ち上がらなければ立てない(➀まで重心を移動する必要がある)
③更に高齢者の場合は、浅く座る事も重要です。
『足を引くスペースの確保、膝が椅子に当たらないようにするため』
よって安全・安楽に立位をするためには『浅く座る・足を引く・お辞儀をするように深く屈む』という動作が必要になります。
ですから、よくやってしまいがちな介助ですが、椅子に座っている要介護者の両手を持ち上げるようにして立たせる介助は、安全面からも身体機能の維持の面からみてもあまり望ましいものではないと言えます。

| 「はい、足に力入れてー!頑張って立ちましょう!」・・・
屈めないので立てません😞 同じ理由でリハパンやズボンなどをあげるために車いすに座っている方を、横向きに設置している手すりにつかまって立ってもらうというのはとても大変です。 |
3.杖歩行の仕組みと介助方法
ここでは特に片麻痺の方の一本杖での歩行について考えてみます。
- 右片麻痺の方の杖歩行の順番は?
『杖 →患(右) →健(左)』 だから杖の『 手前 』のゴムが片減りします。
- その時、介助者はどこに位置したら良いのでしょう?
(子どもが転ぶとき、高齢者が転ぶとき、それぞれどんなパターンが多いですか?)
よって、介助者は『患 側の 斜め後ろ 』に立つのが望ましいと言えます。
- 階段があります。降りる時はどのような順番が良いでしょう?
『 杖 → 患 → 健 』
- 昇るときはどのような順番が良いでしょう?
『 杖 → 健 → 患 』
4.車椅子~ベッド間の移乗方法
では、これまで学んできた事を生かして、次に車椅子~ベッド間の移乗方法について学びましょう。
要介護者像・右片麻痺。支えがなければ立位保持できない。端坐位が保持できない。認知症なし。
・起居
まずはボディメカニクスの項で学んだ技術を生かして、支持基底面積をできるだけ小さくして側臥位になってもらいます。

| この時も指先を使わないように注意! |
・端坐位
次に「トルクの原理(力を入れる場所が回転軸から離れているほど少ない力で回転させる事ができる)」を活用して、端坐位へ移行します。この場合の回転軸は当然、お尻ですね。では力を入れる場所は?
頭と足が一番離れていますが、頭部には首という関節があります。
首などの関節は自由に動きますから、力が逃げます。ですから力が逃げない場所、首の付け根付近を支えます。
そして下半身ですが、しっかりと両足をベッド上におろすことが出来て、力が逃げないところという事で、両膝を一緒に抱え、膝の横を手で支えます。


(ベッドをギャッジアップして端坐位へ移行する方法は摩擦が大きく、より力が必要になるので、あまりにも体格差があって手が届かない場合など、限られた場合にのみ行うほうが良い。また足のみ先にベッド下におろすのは、今回の様な状態像の方であれば身体が捻られる事になり痛みを発しますし、頭部側にしかトルクがかからないため、起こすためにより大きな力が必要になります)
・立位
今回の要介護者像は「支えが無ければ立位保持できない」のですが、逆に言えば支えてあげれば立位保持できるので、本人の残存機能の維持などの観点から介助バーを利用します。介助バーを使用することで、腕の力も利用して立ち上がることが出来ます。その時、介助者は左足を前にだし、右足は後方にひきます。
『 患側保護のため 』と『 できるだけ重心を近づけるため 』です。
また重心は前足である左足にかけます。そうすることで要介護者と密接した(重心を近づけた)状態になります。

| 前足(左)の方にだけ重心がかかっており、後ろ足(右)はつま先立ちになっています。出来るだけ重心を近づけている為、このような姿勢になります。もし後ろ足の踵が地面についているようであれば、重心をしっかり近づけれていない=手で持ち上げる状態になります。 |

| 悪い例➀
両足の足底が完全に地面についている=対象者がかがむ姿勢を取りたいのに、介助者が重心を後ろに移動できないので上に持ち上げる介助になってしまう。その時対象者はわきの下から持ち上げられる事になるが、肩の関節がある=力が逃げるので脱臼などに繋がる可能性がある。結果的に必要以上の力を使うため腰痛になりやすい。 |

| 悪い例②
両足の足底が完全に地面についており、更にほぼ平行になっている為、全く後ろに重心移動が出来ない状態(対象者が立ち上がるために屈めない)→上記➀と同じく真上に引き上げる介助となるため、脱臼などのリスクがあり必要以上の力も使う。いわゆる「持ち上げる介助」となってしまう。 |
| ここでポイントになるのは、悪い例➀、②のどちらも
「支持基底面積は広くとっている」事です。このことからも、支持基底面積を広くとる事そのものが目的ではない事がわかります。 |
その方のADLの状況によっては、ベッドを更に高くすることも有効です。そうする事で、楽にお尻を持ちあげる事ができます。
どの方法を選択するかはアセスメント次第という事になります。安楽なのはベッドの高さを上げる方法ですが、身体機能の維持向上という観点からは相応しくない場合もあるでしょう。
また立位に移行する前に、要介護者の足の位置を確認しましょう。今回の事例のように、あまりADLの高くない状態の方であれば、予め左足を少し前になるようにしておくべきです。そうする事で、車いすへ座る際に足が交差するのを防ぐことが出来ます。
・移乗
完全に立ち上がったら、体調確認をして次に車椅子のアームレストに掴まってもらう事をしっかりと伝えましょう。この時、介助者の重心は右足(後ろ足)にかかっているはずです。

アームレストに掴まってもらったら、健側を軸に回転してもらいます。動けないようであれば、軽く誘導します。
5.応用~考えてみましょう~
・右片麻痺、自分で起居できる、杖歩行できる。→どの様に起居しているでしょうか。
・右片麻痺、末期がんでターミナル期。医師からは出来るだけ負担をかけないようにとの指示。→許可をもらい外出する事になりました。どの様に車いすに移乗したらよいでしょう。
6.まとめ
介護にはいろいろな場面で原理・原則が存在します。
今回学んだ片麻痺の方の車椅子移乗であれば「車椅子は健側につける」のが原理原則です。
しかし、ただ公式でこの方法を暗記しても意味がありません。
なぜその方法が原理原則となっているのか、その意味をしっかりと理解する事が大事です。
例えばポータブルトイレを利用する場面では、麻痺側にポータブルトイレを設置した方が、介助がスムーズにいきます。なぜか?
原理原則から外れたその他の方法が用いられている時、その理由をしっかりと考える事で、イレギュラーな場面での介護にも対応できる=応用がきくのです。
またこのような移乗・移動の介助の際に、必ずといっていいほど出てくるのが「要介護者の股の間に足をいれていいのか?」、「ズボンを持ってはダメなのか」という話題です。
なぜダメなのか?その理由がしっかりと説明あるいは納得できるものでなくてはなりません。
私たちが行うのは「生活を支えるためのプロフェッショナルが行う介護」です。考えない移乗介助や歩行介助はただの作業です。どんな場面でもしっかりとした根拠に基づいた介護が出来る様、これからも学びを深めていきましょう。
